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空歌応里~くうかおうり~

井の中の蛙のまま、つらつらと書くのです。 

目指したい社会

性別

トピック「保育士」について

 

少し前に『男性保育士』について話題になっていた。

:「男性保育士に女児の着替えをさせないでほしい」という要望が保護者から来ていること。

:「男性保育士に女児の着替えをさせないこと」が男性差別であること。

 

 などが議論になっていた。

いろいろ議論が出ていて、個人的に思うことは色々あったけど

これがわかりやすかった↓

www.excite.co.jp

 

小児性愛は社会悪である」という文化を醸成することが必要
(中略)
また、保育士や教師等、信頼されるべき立場を悪用して性犯罪に走った者に対して重罰を科すことも法整備を徹底する方法もあると思います。国家試験の段階で小児性愛者を排除するような試みも必要です。

 

 ロリ大国であることも不安を煽る要因の一つなのだから、日本社会が変わる必要があるよねという話。

最終的には性別の区別がなくなる事が理想……と書いてあって、ああ。私が昔、

『性別なんてメンドクサイ、いっそ女子トイレも男子トイレもなくなればいいのに』と思った世界は安全安心の社会の果てに達成されるのかもしれないと思った。

あり得ない世界だと思ってたことが、あり得る世界かもしれないと思えたことは大きい。

 

とまぁ。こんな事を書いてると肝心の私の書きたいことが、押しやられるのでここまでにする。

 

 

性差別社会から平等社会へ

何で読んだのかすっかり忘れ去ってしまったが、何かで

『性差別社会から男女平等社会に移行するときには必ず逆差別が発生する』

と書いてあったような気がする。

女性差別が起きていた場所では『男性差別』が、男性差別が起きていた場所では『女性差別』が発生する。

恐らく本質的には『男性差別』も『女性差別』も変わりはないのかもしれない。

ただ、男性保育士の件は社会が変わるために必要な議論なのだと思った。

 

「男性保育士に女児の着替えをさせない」は『男性差別』である。

が、そこに付随する議論の多くは残念ながら今まで男社会であったゆえのもので

結局『女性差別』する事で男性の優位性を保とうとしてるようにしか見えなかった。

 

医師は本当に問題にはなってないのか?

:医師ならば問題にはならない。

これは違うと思う。

大半の小さな子供は医師と二人きりになる事は少ないと思う。

大半が親同伴で別々になるとしても短時間。そして二人きりではない。

なので、ほぼ一日親の目の届かない保育園とわずかな時間の医師。

そもそも接触時間が短いので比べる対象にすることが間違ってるような気がする。

 

子供の話ではなく大人の話だとするのなら、医師の世界は元々は「男社会」だ。

恥ずかしいなんて思う方が変……なわけではない。

日本で初めて医師免許を得た女性の気持ちを知っていて、こんなことが言えるのだろうか?とすら思った。

吟子(当時はギン)は、16歳の時に結婚しますが、その間もなく、夫から性病を移され、あげく果てに、その病気のせいで離婚されてしまいます。

治療のため、維新がなったばかりの東京・順天堂で2年間を過ごしますが、この時の男性の医師に診察される恥かしさが、彼女を医学の道へと進ませるのです。

 

 初めて医師免許を持った女性の医師になった理由が『恥ずかしさ』ですよ。

 なので、『医師ならば問題にならない』わけではなくて、問題にすることすらできなくて女性自ら医師になったのが『女医』の始まり。

 

さらに言えば近年はこんな問題もあったようで……

女性の聴診とセクハラ問題|診察時にブラジャーは外す必要ある?

 ちゃんと問題は問題になってます。

『医師ならば問題ない』……と言ってること自体が頭古いなぁ。

 

男性保育士の重要性が認められてない?

 

:保育士の役割の重要性が認められてない。

 

認めてこなかったのは今まで築き上げてきた男社会の中でだと思う。

そしてそれは、今現在も続いているのかもしれない。

男社会の中で『子供の相手をする保育士』は女の仕事とされて、最初は男性の資格取得を認められてなかった。(これは医師とは真逆の社会)

そして、男社会の中で『子供の相手をする保育士』の価値が低かった。

それをまるで『男性保育士の価値が認められてない』みたいな話にすり替わるのは納得できない。

『男性保育士』ではなくて『保育士』の価値が低いと思われてるだけ。

それはこれまで社会を作ってきた自分たちの問題だと意識はできないのだろうか?

ここに性差別があるとするのなら、男性差別ではなくて『女性差別』だ。

さらには

『男性保育士が増える事で保育士が専門性を持った職業だという事が社会に浸透するように期待したい』

というような分面もみかけた。

ひっくりかえせば、『女性保育士では専門性を持った職業だと伝えられない』とも読める。

女性だろうと男性だろうと、保育士の専門性を認める社会にはできないのだろうか?

 

差別は現状へのダメだし

「差別」という言葉は『問題提起』として押し出すには使いやすい言葉だ。

今の「こんなところがダメなんだ」というダメ出しに似ている気がする。

けど、目指すのはそこではない。

「今」がダメというだけでは、「ダメだからやめよう」というそれだけのことになってしまう。

「やめる事」は目的にしてはいけない。

「やめること(もしくは変える事)」の先にどんな社会を望むのか。

『今はないけど、未来にはある理想郷』はどんなものなのか。

 

それらも含めて考える必要があるのかもしれないと思った。

 

で、最初に戻るが

初めに紹介した記事を読んで『性別で分ける必要のない世界』というのはある意味目指したい場所かもしれないと思った。

 

※平等という言葉には違和感もあるのですが、とりあえず使ってみた。

本当は『公平社会』かもしれない。

足りない人に足りない分だけ足してあげるのが公平。

足りてようが足りなかろうが、皆に同じものを渡すのが平等。と何かに書いてあったので。

 

 

雑記。

思うままつらつらです。 

『性別で分けることのない世界』って性的少数者にとっても、生き易い世界になると思う。

だって、分ける必要がないんだもん。

 同性愛も異性愛も分ける必要がない。

『誰』が好きっていう話をすればいいだけ。『男が好き』とか『女が好き』ではない。

単に『好きな人の話』をしたらいい。

そーいう世界、素敵だなと思う。

私と喋らない子供

無言

 

ひっそり(?)小さな文字になってる「喋らない子供」をテーマにいれてます。

 

喋らない子供

何かで「クラスに一人はいる喋らない子供」という言葉を目にしました。

私は喋らない子供でした。そんな子供時代を過ごしてきました。

たぶん、今も引きずってます。

なんだか小難しい障害名が付いてるのも知ってますが、『診断されたわけではない』です。

『難しい言葉が馴染まない』というのもあって、「喋らない子供」としています。

すでに私は子供じゃないですけど。

これについては書こうかどうしようか迷った末に…

やっぱり書いちゃうかも……と思ったので入れました。

 

無言の世界

上記の「クラスに一人はいる喋らない子」の言葉の続きには「彼ら(彼女ら)は何を考えているんだろうね」という言葉が続いていました。

高校生の頃に目にした言葉でした。

この言葉で私は『自分が他人から見たら喋らない世界』にいるのだと思いました。

喋れる人達には私の気持ちが理解できない事も理解しました。

その間に見えない分厚い壁がある事も理解しました。

当然と言えば当然なのですが、難なく喋る事が出来る人達からすると、喋らない子の気持ちなんてわかるはずがありません。話してくれないのですから。

なので、愚痴がない。苦しい事が無い。幸せなこともない。みたいに思われていた事も後から知りました。

喋らない=境地に入っている。みたいなイメージを持ちやすいのかもと思いました。

……そんな事あるわけないです。

 あえて言うのなら、話す時はものすごく苦痛。

黙ってる時が幸せです。でも、言いたいことがないわけではありません。

 

そんな感じの話をつらつらと書いていけたらなと思います。 

 

 

ブログの基本は自分語り

基本的には自分の事を語るブログになるのかもしれません。

他人に有益な情報提示は無理です。

後は世間のニュースで引っかかったこと等をつらつら書きます。

 

 

誰かのためにではなく、自分のために。