読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

空歌応里~くうかおうり~

井の中の蛙のまま、つらつらと書くのです。 

私と家族

家族

 

気になる事のテーマの一つを『家族』としてみたので

それについてつらつらと。

 

始まりは「虐待」の本から

小学生の頃、母の本も読み漁っていた。

大抵は漫画だったのでさくさくと読んでいた。

その中にあったのが虐待の本だった。そこには『ミュンハウゼン症候群』だとか『アダルトチルドレン』と言った言葉が書かれていた。

小学生の私が理解するには少し難しく、判ったのは子供にひどい事をする親がいるという事。そして、そんな親が許せないと感じた。

中学高校と進むうちに、親側の話を描かれた漫画を目にした。
そこには『虐待の連鎖』が描かれていた。

単に『許せない』というだけではない現実があるのだと知った。

 毒親という単語

大人になって、『毒親』という言葉を目にするようになった。

定義が広すぎて、私の親も毒親になりえるなと思った。

同時に私が親になったとしても毒親になりえると思った瞬間、それはあり得ないとも思った。

 

『毒親』の本を勧めてくれた人は「そんなかわいそうな人達もいるんだと思った」というようなことを言ってたような気がする。

かわいそうで済ます感覚が分からなかった。

 

ある人は「今の私があるのは全部親のせい」と言い切った。

言い切ったその人の顔は晴れ晴れとしていて「だから、この先は全部私が負う」という覚悟に満ち溢れていた。

『毒親』の言葉の使い方はそのためにあるのだと思った。

一旦すべて親のせいにしてしまって、この先の未来は全て自分のためのものにするために、親を『毒』にするのだと思った。

 

 私の家族はと言えば、何の問題もないと思っていた。

毒親の項目に当てはまる項目はあっても、あまりにも広い意味のため誰にでも当てはまるだけだと思っていた。

私の携帯には『ファミコン』のフォルダが存在していて、私にとって家族は『大好きなもの』でしかなかった。

 

家族という【しがらみ】

 それでも毒親という言葉が私の中に何とも言えないもやっと感を残した。

それが何なのか。私が知ったのはもう少し後だった。

 

私が彼女に会ったのは「格安ブログコンサルティング」をしていたからだった。

このブログを書く前、何かお金になるといいなと言う思いでブログを書いていた事がある。

そのブログのコンサルをしてもらったのだった。

もちろん『お金になるためのブログにするためのコンサル』だった。

ブログからお金を稼ぐための話になり、そこから家族の話になった。

その中で「お金を稼いだら、家族はどう思うと思う?」と質問された。

ブログではない他のコンサルティングなら受けた事があるが、そう聞かれたことは初めてだった。

私は思わず

 

「怒られる」

 

と答えていた。

家族の喜ぶ顔なんて一つも浮かべられなかった。

 

家族がとても重い足かせとなって、私を引っ張っていることにこの時始めて気が付いた。

 

家族というテーマ

だからここに書くのはおそらく私の家族の事が多くなるのだろうと思う。

たぶん、どこにでもある普通の家族。

否。普通なんてものはないのだろうけど、私は私の家族を普通だと思ってきた。

その中の私の感じた『重さ』を書こうと思う。

そんな感じのテーマです。