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空歌応里~くうかおうり~

井の中の蛙のまま、つらつらと書くのです。 

その手は私を撫ぜますか?叩きますか?

たぶん、子供を叩かない親はいない。

全く叩かずに育てるなんて不可能だと思う。

 

私は私の頭の上にある手が怖い。

 

母の憂鬱

私は年子だ。

私の下に一年違いの妹と二年違いの妹がいる。

想像してほしい。

0歳児と1歳児と2歳児がいる環境を。

毎日毎日、その3人の世話を一人でする状況を。

私だったら、気が狂いそうだ。

そして、たぶん母も気が狂いそうになっていたのだと思う。

 

私が物心ついた頃には暴力は日常茶飯事になっていた。

毎日、誰かが泣き。

うるさいと叩かれ。黙れと怒鳴られる。

きっかけはとても些細な事で、ジュースをこぼしたとか

茶碗をひっくり返したといった、食事中が多かったような気がする。

 

毎日叩かれ、毎日誰かが叩かれるのを見て、怒鳴り声を聞く。

 

怒られないようにするには

『失敗しない(こぼさない&ひっくりかえさない)事』

『大声を出さない事』

『泣かない事』

幼子でもそれらを学習するには十分だった。

が、さすがに『失敗しない事』は無理だった。

 

自分が失敗しなくても妹達が失敗する。

母が怒鳴る。妹が泣きだす。母が叩く。

その間に私は布巾をとりに走る。

戻れば、苛立ちまぎれに妹を叩いてる母がいたり、苛立ちまぎれに私が叩かれたりする。

そんな事が毎日起こっていた。 

 

が、それらは私たちが大きくなるにつれて減っていった。

子供が自分の事を自分で出来るようになるにつれて、

母の負担が減った分、ストレスも減ったのだと思う。

私は母の暴力を覚えているけど、妹達はほとんど覚えていないらしい。

 

私の記憶の中でも、小学校入学の頃には母の暴力はなくなっていた。

 

 

父の不機嫌

 

父は一切の暴力をしなかった……わけではない。

父の暴力はもっと理不尽だった。

父は自分のすることを手伝えと一方的に唐突に伝え、

それらを断ると怒りに任せて子供に手を出す。

母と違って唐突で理不尽で子供の意思を無視する。

 

 

そんな暴力はたった一度きり。

暴力を受けたのは私ではなく、一つ下の妹だった。

あまりにも現実離れしてるように感じて、もしかして夢だったのか?とすら思ってしまうこともある。

その時も、父が何かを手伝えと言ってきたのだと思う。

私は「うん。いいよ」と答えたが、妹は「いやだ」と答えた。

その瞬間、小さな妹の身体が吹っ飛んだのだ。

まだ小学校入学前の話なので、大人の男性が子供の身体を吹っ飛ばすことはできる。

が、その後大事(おおごと)になった記憶がない。

たぶん布団の上に落ちたのか。大したけがはしなかったのだろうと思う。

 

が、恐怖を与えるには十分な記憶だ。

私は父が怖い。

頼まれると断れない。実際、断ったことがない気がする。

だって、私の身体も妹のようにぶっ飛んでしまうかもしれない。

現実の私はもう大人で小さな子供のように飛ぶわけがないのだけど、

恐怖だけは心の奥深くに刻みついている。

 このたった一度の暴力が、恐怖を刻むには十分すぎる威力を持っていたのだと思う。

 

肝心の妹にはやはりこの記憶はないらしい。

ただ、下の妹はまた別の件で父に頼まれごとをして断った時、思い切りげんこつされたらしい。

妹は星が散ったと言っていた。

父の頼みは『断る』という事が想定されていない【命令】に等しかった。

 

暴力を受けたり、見たりして育った子供

 

妹達の記憶にはほぼないが、私たちは『暴力を受けて育った子供』だと思う。

たとえそれが未就学児だった頃であってもだ。

 

一番、年上で一番暴力を見ていて、記憶も残ってる私は

暴力が怖い。

自分の頭の上にある手は、自分を叩くのかもしれないと思ってしまう時が未だにある。

怒鳴り声も、少し大きなだけの声であっても、聞きたくはない。

 

上の妹は常にイライラして、自分の思う通りに事が運ばないと怒り出す。

これが暴力によるものなのか、個人の資質なのかはよくわからない。

分からないけど、その姿は幼いころによく見た母の姿に似ていると思う。

妹は昔の母の姿を無意識に真似ているのではないか、と思う時がある。

 

 下の妹は暴力の記憶はなく、暴力もあまり受けていないので影響らしきものはないのかもしれない。

 

 他人は気が付かない

子供の暴力について書いていたら、とある場所で『他人は気が付かないのか?』という文面を見かけた。

私の場合は、他人が気が付くはずがなかった。

確かに毎日叩かれていた。けど、母だって理性があったし、手加減はしてた。

傷跡が残るほどとか、あざが出来るまで叩くなんて事はなかった。

傷もあざもなければ、他人は気づかない。

何も起きなければ、母だって叩く事はなかった。

だから成長して、自分で出来ることが増えて母の暴力もなくなったのだ。

父については一度きりで、病院に行った記憶がないし、妹のげんこつの話もケガをするほど(たんこぶぐらいは出来たかもしれない)ではなかったので、他人は気が付かない。

例え他人に話したとしても、一度だけでは『その程度はしつけの範囲』で終了すると思う。

 

思うこと

私は子育てで子供を叩く事が悪いとは思わない。

苛立ちから叩いてしまうこともあるとも思う。

ただ、それが毎日続けば、子供に与えるのは恐怖だけ。

後からいくら謝ったところで、一度染みついた恐怖はなかなか消えなかったりする。

母は、私が成人した後、この時の暴力について『悪かったと思ってる』と言っている。

分かってあげたい気持ちはあるし、たぶん、母も大変だったと私自身も思ってる。

けど、私はあの暴力を覚えてしまってる。

『母も大変だったんだ』と思えば思うだけ、鉛を飲み込んだような気分になっていく。

 

だから私は、『母を許せない』と思う。

 

許せないまま、私は母が好きでいるのだと思う。

 

 

父については……おそらく父自身も暴力は覚えていないだろうし、罪悪感もないと思う。

自覚がないのだから『悪かった』なんて期待も出来ない。

そしてたぶん、父自身もそうやって育ってきたんだろうなと思う。

親の言うことは絶対で、子供は断るなんてことがない。断れば鉄拳がふってくる。

そんな昔の風習の中で生きた記憶のまま、子供に接しているんだろうと思う。

 

私は母と同じように『父を許せない』と思う。

そして、また『私も許せない』のだと思う。

 

父に絡む感情は母のそれより複雑で、未だに言語化できない。

が、それはこの暴力に関することだけではないので、ここまでにしておく。

 

ではでは、言野(この)でした。